おんな城主 直虎 最終回 「石を継ぐ者」 感想



最終回 「石を継ぐ者」

◎かんそう

○まずは言わせてくれ
「大河」だから我慢して見続けた。やっとクソドラマが終わって本当に嬉しい。大河じゃなきゃ途中で見るのやめてた(そもそも大河以外のドラマは見ないが)

○ありかな。
前回がホンクソだったから今回もそうとう酷いものだと覚悟してみたけど想像してたよりはマシだった

○別れてもお友達
「一緒に外国に行こう」という龍雲丸の誘いを蹴った直虎。そしてなんかものすごい中途半端な別れ。自分を捨てた女に上から「われより先に死ぬなよ」とか言われても、「は?おまえには関係なくね?そういうのやめてくれる?」ってオレなら言うね。

約束を忘れられているとも知らずずっと待っていた男。それから9年たって、女は男を利用する目的で合いに来て、最後にフる。そして言った言葉が「私より先に死なないでネ」。

(´A`)<なめんなや!「私はあなたとの約束を忘れてたしあなたをフる。けど、あなたのことを案じてる。」って、どんだけ自分ラブやねんこのババア!一緒になる約束すら忘れる薄情な人間にこんなこと言われても「どうせこのことも忘れるだろう」的不信感しかないわ!!

「それも受け入れるのがホンモノの愛・とか、それが男の本望」みたいな、女に都合のいい扱いされて、もちあげられて誤魔化されちゃう脳内お花畑にオレはなれないし、ならない。忘れられていたことを「ごめーん」で済まされて、外車の手配させられて「自分が困ったら助けてくれる」っていう計算式の中に組み込まれて、それでもつくして、(ひょっとしたらまだ脈アリ?)なんてすがったものの結局ゴメンナサイされる。


これが「愛の形」?都合よすぎない?そりゃ、フッたほうはそれでいいでしょうがね。



普通の感覚だと「別れてもずっとトモダチ」みたいなものなのかな?オレにはない感覚だわ。なにより、回を重ねるごとに主人公の、口ばっか達者で自己中のキャラクターが気持ち悪くてイライラさせられてきて、そんなこんながここで極まった、ってカンジで、今あるのは後味の悪さだけ。

○もったいない
織田信長の子とも言われている実在した僧が実は明智光秀の子だったとか、徳川家のドタバタだとか、そのへんは面白かったのに、なんで肝心の主人公のお話はくだらなかったんだろう。やっぱり大河の主人公はおっさん武将がいいよ。別に女性差別とかじゃなく。(見たことないからたぶんだけど、朝の連ドラの主人公に男はいないでしょ?でも差別じゃないでしょ。うまく言えないけどそれと同じようなカンジ)

○最後の最後まであわない
最後に、「完」っていうのを碁で打つ演出があったんだけど、シラケタ。マヌケな色気ださずに普通に「完」のほうがよかった。



◎おまけパート

1600.井伊直虎徳川家康からこの地(滋賀県彦根市佐和山18万石))を拝領し、一族ごと移りすんだ//井伊家は江戸時代には彦根藩35万石となり、歴代藩主たちは幕府の大老など要職を務め、力を発揮した//だそうで

//武功だけでなく戦後の政治的な交渉でも活躍した井伊直政銅像//彦根駅前にある//だそうで

龍潭寺{●昊天禅師木造}
//井伊直政が生前、「彦根にも龍潭寺を建立するよう」言い残した//開山したのは井伊谷龍潭寺五代目の住職となった昊天{●昊天禅師木造}//
枯山水龍潭寺の庭園)
//枯山水→水を用いずに、石・砂などにより風景を表現した庭園のこと//龍潭寺を開山した井伊谷龍潭寺五代目の住職・昊天の作と伝わる//中心にある石は菩薩(ぼさつ)とともに直政を見立てたものだと伝わっている//だそうで

彦根城{●井伊直弼像(幕末の大老)}


井伊谷(いいのや){●井伊家歴代墓所・●井伊直虎の供養塔・井伊共保公出生の井戸(井伊氏発祥の地)}
//井伊家繁栄の礎には、井伊谷の、人々の安寧を念じて奮闘したおんな城主直虎がいました//1000年の時を越え受け継がれている“井伊の歴史”をこの井戸は今も静かに見守り続けている{●井伊直虎の供養塔・井伊共保公出生の井戸(井伊氏発祥の地)}//だそうで

○行きたいレベル・D
彦根城だけはいつかいけたらいいなあ。と思う。


◎覚へ書き

○歴史パート:

山崎の戦い//(○豊臣秀吉vs明智光秀●in1582.大阪・京都・兵庫県

明智光秀、死去
1582.7.2.//深夜、山崎の戦いに敗れ自城を目指し逃走中、落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺されて深手を負い自害。家臣に介錯させ、その首を近くの竹薮の溝に隠したという// 百姓が光秀の首を発見→織田信長の3男・織田信孝の元に届き、まず本能寺でさらされる//その後、斬首された家臣ともども京都の粟田口に首と胴をつないだ状態でさらされた//後に首塚が粟田口の東の路地の北に築かれた//光秀のものとして持ち帰られた首は3つあったが、そのいずれも顔面の皮がすべて剥がされていたという//諸説あり

天正壬午の乱//(△徳川家康vs北条氏直△in1582.長野県・山梨県・グンマー)

井伊直虎、死去
1582.9.12.//詳細不明

1582.//「この姿をおば上(直虎)に見せたかった」と言って涙したんだとか

長久手の戦い(△豊臣vs徳川・織田△※痛みわけ・諸説ありin1584.愛知県)

○ドラマパート:
//本能寺の変の混乱に乗じ徳川家は地元周辺で勢力拡大//「本能寺の変のあとの中央のパワーバランスが確定(明智不利)。徳川家は明智光秀を倒す側につく方針に決定/主人公、「明智光秀不利」という情報を大阪で確認。今後の立ち居振る舞いを思案(主人公は明智光秀の子を自分の村に保護していた・今回の明智光秀の敗戦でその子も連帯責任で殺される。主人公はそれを食い止めたい)//主人公、元恋人に「一緒に外国へ行こう」と誘われるも固辞、静岡県に戻る(今生の別れになるであろう空気)//井伊に匿っている明智光秀の子を「守ろうとする主人公(善意で)」「とりあえず引き取ろうとする徳川(本能寺の変に一枚噛んでいた証拠になってしまうので消したい)」「連行し処刑しようとする織田家(当主・織田信長の復讐のため殺したい)」がバッティング//直虎、「この子は織田信長の子だ、訳があって井伊で育てている」といいだし過去に戦争で活躍した褒美としていただいた最高級茶碗とその証明書をみせ織田軍の追求をかわす。そのやりとりをみていた徳川家康のママが「自分たちも引く、その子のことは任せる」的なことを言って徳川家も撤退。その子は僧として生かすことに//直虎、縁者らをまとめて直政のもとに引き取ってもらうことにする。そして井伊家の人間が皆無になる井伊の土地を「世捨て人や戦災孤児などの更正施設」的なものにしたいという構想をうちだす//直虎、労咳で倒れる。//明智光秀討伐のために現地へむかった徳川家。しかしすでに雌雄は決していた。そこで「せめて織田の領地を賊から守る」という名分で静岡や山梨を制圧・かすめとることに//徳川家、やはり混乱に乗じ勢力拡大をはかる神奈川県の大名・北条家と衝突、さらなる戦争の危機//直虎、死去。(直虎・鶴くん・亀くん・龍雲丸の子役が霊となって旅立つ的な演出、龍宮小僧もチラッと出演、龍雲丸は船が難破して死んだ・的演出)//直虎の葬式。悲しみの中、これからも強く生きていくと誓う村人たち//徳川の武将として戦場にいた直政のもとに訃報が届く//落ち込む直政のもとに和尚様が訪れ「直虎の、井伊の魂はおまえの中に引き継がれている、その魂をもって日本を舞台に大いに働いて欲しい」的なお言葉//直政復活。「臨戦状態の北条家との和平交渉を自分に任せてほしい」と徳川家康に依願、委任される//直政、「山梨県・長野県は徳川家に、グンマーは北条家に」という難しい交渉を成功させる//直政、元服。名を「まんちよ」から「なおまさ(直虎の「直」と政次(鶴くん)の「政」・みたいな)」に改めるとともに昇進を果たす//尾張長久手の戦い。赤い鎧を身にまとい武将として果敢に戦う直政//直政が徳川家康を支え日本をひとつに纏め上げる一助となれたのも直虎の奮闘あればこそだった・的なナーレーション//おちまい




◎おべんきょう

○じんぶつ(○→メジャー:△→マイナー:×→無名)
×自然(じねん****-1582):明智光秀の子:滋賀県
明智光秀の5男として生まれたのちに仏門に入る//明智光秀が敗戦したと知った明智家臣、すでに多くの兵が逃亡し籠城戦も無理と判断、光秀と自分の妻子を殺し、城に火を放って自害した。このときに死んだと思われる
※ドラマでは主人公に助けられて悦岫(えっしゅう)という僧になる

×悦岫永怡(えっしゅうえいい・****-1622):僧(龍潭寺4代目住職):龍潭寺静岡県
詳細不詳//信長の遺児であるとも//信長拝領の天目茶碗は、悦岫が持参 したものとされる//


×小笠原康広(1531-1598):武将(北条氏-徳川氏):(神奈川県)-高野山和歌山県
北条家家臣・小笠原某の子//主君・北条氏康の娘を娶り、さらに「氏康」から一字を拝領して「康広」と名乗ることを許されるなど準一門の厚遇を受け、奉行を務めた///44歳・子の孫増丸(後の長房)に家督を譲るも外交などで活躍←イマココ//60歳・小田原征伐・主君北条氏直に従い高野山に入り出家//61歳・北条氏直が死去//62歳・徳川家家臣の勧めで徳川家康に仕える//68歳・死去

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