風林火山 第32回 「越後潜入」 感想


第32回 「越後潜入」
 
◎かんそう

○水清ければ魚棲まず

上杉謙信が「あなたは超人すぎて凡人の気持ちが理解できてない」みたいに言われるシーンがあって、なるほど・って思った。

確かに毎回軍議で「どいつもこいつもダメな奴ばかりだ、この世はダメ人間しかいない!」って言われてたら、部下は(こいつは自分以外、俺も含めてみんなダメ人間だと思ってるのか・・)って思っちゃうよね。上杉謙信は初登場のときからずっとそんなようなことばっかり言ってたけど、ここへの伏線だったのね。

まあでも俺は、今回上杉謙信が姉上やら宇佐美どのやらにそこを指摘されるまではそんなふうには思わず、ただ(すげえ。立派な人だなあ)ぐらいにしか思ってなかったけど。(毎回面白いと思って観てる割にぜんぜんドラマにはいっていけてないんだなあと実感。情けなや)

自分がアシガルだとして、

「戦争にしょう兵された・死ぬかもしれない・でも勝って領地を奪えば「その土地の利権やらを分けてやるよ」って親分に言われた」

これならまあ仕方ない・ガンバロウって思えるけど

「戦争にしょう兵された・死ぬかもしれない・勝ってもその領地はもとの地権者に返して地元に帰る・「ご褒美は世の秩序だ」って親分に言われた」

これじゃあテンションあがんないよね。下っ端はキツイ・汚い・危険な仕事ばかりだろうし、生き残れて乱捕りしてもそんなに荷物もってかえれないだろうから元をとれないし、それなのに親分は聖人気取りで「良いことしてる」みたいなのはハラタツ


○正確な経緯が知りたい(まあどのみち軍記ものの話ではありましょうが)

今回、砥石くずれだったわけですが。前回、真田幸隆が実行しただまし討ち作戦は、ドラマでは順番を前後させ砥石崩れの前にもってきてたけど本来は砥石崩れ後に行われる出来事だよね?うーん、ワカラン。



◎おまけパート

---長野県.栄村---
新潟県との県境にある山間の村。信濃の豪族・市河藤若が居を構えていた(●市河氏館跡碑)この市河藤若に武田信玄が宛てた文書(●市河文書)の中で、実在するのか疑われていた山本勘助の名が初めて確認された(ただし字が違う”菅助→勘助”)//それまでは山本勘助の名は軍記ものにあるだけだったので架空の人物ではないかとも指摘されていた//だそうで

○市河氏館跡碑
//平安時代には中野氏という一族、鎌倉時代には市河氏という一族がこの地を治めていた//石碑はその両氏の城があったとされる場所にある//だそうで

○行きたいレベル・B
なんか今回のおまけパートは微妙。栄村の良さ(あるのか知らないけど)がまったく紹介されず、いろんな場所の勘助の絵が紹介されただけ。
まあそれは置いといて、市河氏館跡碑にはまったく興味ないけど栄村はなかなかの秘境だしそれほど遠くもないので時間あるとき行きたいので行きたいレベルはB。


◎覚へ書き

○歴史パート:
1550.砥石崩れ(○村上義清vs武田信玄●in1550.長野県)
武田信玄が長野県の砥石城を攻めるも返り討ちにあった戦争//砥石城を配下に収める長野県の大名・村上義清が他の武将と戦争してて手一杯だった隙をついて武田信玄が戦争をしかける//武田軍7000に対して砥石城は500//砥石城兵は過去の戦争で武田信玄に蹂躙されている者が多く、超怨んでてやる気充分。さらに城が守りに優れているっていうのがあって武田軍は苦戦//そこによそで戦っていた敵大将・村上義清砥石城を助けようと2000の兵を連れてかけつける//武田信玄、城攻めを断念、撤退//逃げる武田軍を追撃する村上義清の軍//武田信玄、影武者をたてなんとか逃げきるも1000の武田軍将兵が死亡。村上義清側の死者は200程度だった//

○ドラマパート:
A:武田パート//「長野県の敵武将(村上義清)の城(砥石城)を落とすチャンス」との連絡を真田幸隆から受け、武田信玄が長野県入り//長野県の敵将・村上義清は長野県北部の勢力(高梨某)と臨戦状態で身動きがとれないときに武田信玄に攻められ困る。しかしヘイゾー(百姓パートのイケメン)のアイデアで高梨某と和睦、背後の安全を担保し武田信玄を迎え撃つ作戦を採用、敢行→「敵(村上義清)は武田信玄より高梨某との戦いを優先した」と騙された武田信玄、「あせっちゃダメ」という勘助のアドバイスをすておき敵城(砥石城)を攻める→しかし城の守りが堅く一方的に消耗していく→そこに敵(村上義清)の全軍が来る→「もはやこれまで」撤退する武田軍・「今回の撤退は自分のせい・死んで撤退の役に立ちたい」という真田幸隆を諌める武田信玄→武田軍、ボコボコにされるもなんとか逃げ切る

B:上杉パート//上杉謙信が鉄砲商人に変装した勘助に鉄砲100丁を発注。しかし届くまで勘助は軟禁されることに(武田信玄からの帰国命令をもった密使がくるも接触できず)→上杉謙信、敵対か恭順か態度をハッキリさせない領内の武将・宇佐美某に面会し所信表明(宇佐美某が仕えていた一族はもう滅びた・でも自分はその一族を再興させる・自分は天皇から領内の治世を委任されている・自分は筋をとおしてる・というもの)→のちに歓談・武田信玄を「欲まみれ」とディスる上杉謙信、カチンときた勘助「欲のなんたるかも知らず俗世を導けるのか」とくってかかる、「導くのは仏だ」と返す上杉謙信、そこで武将・宇佐美某が「まあでも勘助の言うことも一理ある、欲を悪と決め付け憎むのも欲のうち」と言ったところで歓談終了(宇佐美某が上杉謙信傘下に入るかの結論は持ち越し)→上杉謙信、勘助を宇佐美某に預ける→宇佐美某のもとに密偵から報告、「武田信玄村上義清の城を攻めた」→(待つようにお願いしたのに・・)成り行きを案じる勘助//「敵対する親戚武将と戦争するより自分を嫁がせて和睦してほしい・正義の鉄槌より慈悲の心で許してやってほしい」と言う上杉謙信の姉、(敵対武将に姉を嫁がせるなんて・・・)悩む上杉謙信//「長野県で武田信玄が大敗」との情報を聞き武田信玄を案じる勘助→敵武将・宇佐美某が「おまえの正体は知っている、まあ酒でものもう」//つづく


◎おべんきょう

○じんぶつ(○→メジャー:△→マイナー:×→無名)

×屋代越中守(1520-1582・屋代正国とも):武将・国人(村上義清-武田信玄-織田信長):信濃国.埴科郡(長野県)
長野県の国人・屋代正重の子//長野県の大名・村上義清に仕える//28歳・上田原の戦い。村上義清勢として戦い山梨県武田信玄を返り討ちにするも嫡男が戦死(○村上義清vs武田信玄●in1548.長野県)//31歳・砥石崩れ(○村上義清vs武田信玄●in1550.長野県)//33歳・仕えていた村上義清から離反、武田信玄の家臣に//55歳・.長篠の戦いで次男が死亡(○織田信長徳川家康vs武田勝頼●in1575.愛知県県)//62歳・武田家が滅亡、織田信長の軍門にくだり森長可の助役(与力)に//63歳・死去(41歳川中島の戦いで死亡という説も)

×大須久兵衛(****-1575):武将(村上義清-武田信玄-武田勝頼
 1553.地元を裏切って武田信玄に付き、元味方の城を攻め城将を討ち、以降武田家に仕える//1575.長篠の戦いで戦死(○織田信長徳川家康vs武田勝頼●in1575.愛知県県)


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